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ハロプロ好きの雑記。
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梓さわとか誰得。






「…じゃあ、演奏します」

彼女が演奏するという曲のタイトルを聞いて、初めは銀白色の金属を思った。
一体それをどう歌うのか、と疑問に思ったが虚脱感を誘うイントロが始まった途端私は理解した。
金属元素そのものを言っているのではない。躁鬱病の患者に処方される薬を言っているのだと。
その事実に私は愕然としたが彼女は構わず曲を進めていく。


 私はすごく幸福なんだ
 今日、友達を見つけたから
 やつらってば、私の頭のなかにいる
 私はまったく醜いけど、でも大丈夫
 それはあなたも同じだからね


夕暮れ時、灯りも着けずにいた部室は窓から差し込む燃えるような夕陽の朱だけが頼りだった。
そしてムスタングの音は私の心を苦しめる。それに加えてどこか嗄れた歌声は無言の圧力を私に掛けてくる。
窓を閉め切った部室に流れる湿っぽい空気がより一層私を居づらくさせた。


 まともな人生なんてとっくに壊れてる
 毎日が日曜日の朝みたいなもので
 どうでもいい 怖くなんてないよ
 だって、キャンドルに火を灯して
 ぼうっとしたなら、そこに神がいる


これは放課後ティータイムについてのもの。神とはあの子たちのこと。日曜日は部活がない。つまりそういう事だ。
不器用な哀愁味。たかが一人の高校生の作る音楽…それなのに、聴くのがこんなにも辛いなんて。
これほどまでに、この場にいるのが辛いなんて。


―――以前はこんなこと無かったのに。

温かい空間。この学校のどこよりも居心地が良かった。
さわちゃん、さわ子先生、お茶淹れましたよ、さわちゃんはケーキこれで良いよね、駄目だぞ律、唯も食べてばっかりいないで。輝いていた教え子たちの談笑する声が聞こえた気がした。
でももう彼女らはいないのだ。静寂が私を現実に突き落とす。


 独りぼっちだけど、まあ、構わない
 頭をまるめてみたんだ
 悲しくはないよ
 良いじゃない、私は勝手なやつだけど
 でもいいか、まあ、そのうち、ね


長椅子の方に目を遣ると、私と同じく彼女らに取り残された、ギターを弾き、歌う小さな女の子の姿が視界に入る。
以前は彼女の瞳も輝いていたのに。毎日の出来事にわくわくしていたのに。
一つ年上の彼女らに腕を引かれて、知らなかった世界の扉を開けた。


 あなたが好きだ
 私は壊れてなんかない
 愛しいきみよ
 私は壊れてなんかない
 あなたを愛してます
 私は壊れてなんかない
 お前を殺しました
 私は壊れてなんかない


悲痛な叫びによって曲は締め括られた。
これは多分梓ちゃん自身の思い出について、梓ちゃん自身の音楽に対する熱意についてのものだと勝手に解釈した。
彼女はぺこりと頭を下げる、そんな彼女に私は拍手を送る。

戸惑いながら、時には不満をぶつけながら、先輩たちと楽しい毎日を送ることにのめり込んでいたのに。
それが今では薄暗がりの中で捨てられた猫みたいな瞳がぎらぎらと光っているだけだった。こんなに狂った歌詞を書くこともあの頃は考えられなかった。彼女自身が悪い訳では無いのがまた質が悪い。
たった一ヶ月だけ巻き戻せたら。彼女は輝きを取り戻してくれるのだろうか。
…取り残された猫を拾ってくれる人など現れなかった。人肌を忘れた子猫の身体はもう冷えきっていた。その小さな身体に秘めた心で、彼女は何を思うのか。

「純ちゃんと憂ちゃんは?」
「…純はジャズ研で、憂は数学の先生に呼ばれてます」
「…寂しくない?」
「一応この曲は純と憂のパートも考えたんですが、無駄になりそうなのは寂しいです」
「…結局、あんまり来てくれないわね。新入生も来ないし」
「はい。でも…大丈夫です。二人とも忙しいのは分かってる…別に寂しくないですよ」
「…本当に寂しくないの?」
「ええ。独りぼっちだけど、話し相手はいますから。たのしいです」

哀しい響きを持った返事を聞いた途端、やり場の無い怒りが目の前を赤く染めた。誰もが梓ちゃんを一人にする。
そう、と答えると梓ちゃんはそうです、とだけ言ってまたギターに目を落とした。
話し相手? 私の事なのか、それとも記憶の中の唯ちゃんたち―――歌詞の通りの“頭の中の友達”なのかどうかは聞かないことにした。
彼女は放課後ティータイムの曲を進んで演奏しようとはしなかった。当時あれだけ楽しそうに演奏していた「ふわふわ時間」も久しく聴いていない。きっと思い出を今の自分で汚したくないのだろう。
放課後ティータイムで見せたキラキラしたムスタングの音はすっかり影を潜め、今ではノイジーなサウンドを奏でるのみだ。青春を歌ったのが放課後ティータイムだったのに、彼女は自己の否定を積極的に好むようになった。今の彼女にとって音楽をやるという事は何か大切なものが欠落した自分を癒すためのセラピーのようなものになってしまった。
それを残念だと思いながらも、独りで練習を頑張る彼女の為に何か出来ないかと考えて、紅茶を淹れる事にして早速準備に取り掛かる。
教師として、顧問として出来る事は見付からなかったが、放課後ティータイムを、中野梓を知る人間として出来る事だと思ったからだ。あの頃と同じ味の紅茶を飲んだら、彼女も輝きを取り戻すかもしれないと考えたのだ。
とはいえ、実際に淹れてみるとやはりあの頃の紅茶の味には劣った気がした。同じ茶葉を使った筈なのに。
自分で飲んで顔をしかめた。

…こんな味だったっけか。これは捨てよう。


「…先生?」
「わっ、びっくりしたわね…」

気付けば梓ちゃんが隣にいて、不思議そうに手元を眺めていた。
突然声を掛けられ吃驚した一方で、久々に見た興味津々な顔にほっとした。

「それ、捨てちゃうんですか」
「ええと、そうね。たまには梓ちゃんに差し入れしようと思ったんだけど、こんなまずいものは出せないわ」
「……そうですか」

結局、彼女は紅茶を飲みますとは言わなかった。
私は何も出来なかった。教師として、顧問として、中野梓を知る一人の人間として、何も出来なかった。
やりきれない気持ちで流しでティーメーカーを傾けると、赤茶色の液体がゆっくりと零れていく。

「梓ちゃん」
「はい」
「紅茶の代わりに帰り何か食べに行きましょう。奢るわよ」
「………」

焼けつくような色。さらに同じく赤い夕陽に照らされて輝いていた。まるであの頃の青春のようだと思った。
流れていく。
熱い思いも、輝いていた日々も。
梓ちゃんはそれをじっと見つめていたけれど、ふと口を開いた。

「…先生」
「何、梓ちゃん」
「…私、もう全然寂しくないです」

その表情は心なしか晴れやかに見えた。
私は悟った。彼女も流したのだ。
紅茶と一緒に。熱い思いを、輝いていた日々を。リセットした。無かった事にした。私のせいで。
取り戻す事を願っていた筈なのに、私のせいで、彼女はもう取り戻すものを無くしてしまったのだ。

「大丈夫です。…寂しくないし、先輩いなくてもちゃんとやれます」
「……そう。ごめんね、梓ちゃん」
「なんで謝るんですか、先生は何も悪い事してないです。悪いのは私です」
「ごめんなさいね、…」

そして、私がしてしまった過ちも無かった事にしようとしている。


ほら、



「…そんな事よりも先生。さっきの曲の感想、聞かせて貰えますか。…あと、ご飯はハンバーグがいいです」


………ごめんなさい。






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