これからもよろしく！（律澪） 2011.05.04 Wed 23:29 | けいおん！SS

イケメンりっちゃんなんて目指すんじゃなかった。

始まりの朝。清々しい天気。
鏡の前で、ふと全身を見た。

初めて袖を通した制服。野暮ったいセーラー服とはもう違う。
ぴかぴかのブレザー、ちょっとだけスカートを折ってみたりなんかして。
受験の苦しみからようやく解放されて、今日からは私も女子高生。いつも帰り道にすれ違う大人っぽいあの人たちに、私も今日から仲間入り。

……なんだか、くすぐったかった。

もう一度櫛を使って髪のもつれを直し整えたら今日からは新しい私。憧れの高校生活に胸がどきどきする。
ママはまだ準備に手間取っていて、入学式に着ていく服をあれこれ悩んでいる。確か卒業式の朝もこんな風だった。そういうのは前々からしっかりしておいて欲しい。

「みーおー、着替えたか？」
「っ！ うわぁあぁ！？」

後ろから家族のものではない声が聞こえると同時に鏡に映るのは私の幼馴染兼大切な人。勿論ママには内緒だ。
…しかし、あまりに突然過ぎて気絶しそうになった。まさか入学式の朝にこんな目に遭うとは。一瞬止まった呼吸のせいで鼓動が速くなって息苦しい。

「い、いつ上がってきたんだ…！」
「迎えに来てやったんだよ。決まってるだろ。今までもそうだったじゃん」

別に驚かせるつもりなんか無いからな。動揺する私を見て呆れたように、溜め息混じりでそう言った。それから私に近づく律。彼女は当たり前のように今年も私と同じ制服を着ている。

………似合ってる。早速着崩したりして、もう新しい制服をものにしている。
でも、リボンが緩すぎる。中学の頃も服装は乱れっぱなしだった律だから、まあ仕方無いのかもしれない。でも今日からは一応律も女子校に通う事になるんだから、そんなんじゃだめだ。先輩や同級生になんて言われるか。目をつけられるとかそういう意味じゃなくて、もっと別の。律はもっと自分の魅力に気付くべきだと思う。

「り、律っ、リボン緩すぎだろ」
「いーのいーの。…って言うか、澪も若干緩くね？」
「そんなこと、っ……」

苦笑いを浮かべた律が私のリボンに手を添えた。しゅるり、と結んだばかりのリボンが解かれていく。

「……なんかやらしいな」
「！ 何朝っぱらから馬鹿なこと…！ 離せー！」
「冗談冗談ー」

おどけるように律はそう言って、私のリボンを真剣な顔をして結び始めた。苦しいくらいにきつく縛られる。
おい、もうちょっとだけ緩めてくれ。呼吸困難で死んで
しまう。入学式に入ったら緊張で過呼吸にさえなりかねないのに、息を吸うのまで大変だったらさすがに命の危機を感じる。
式の途中で倒れたりなんかしたら、もう新しい友達なんて出来ないような気がしてしまって仕方無い。

「出来た。うん、やっぱり澪はこれくらいきっちりしてなきゃ」
「なんだよ、それ」
「……だって、澪かわいーし。女子校だし、危機感持てよな。澪が他の奴に告白されるとか、そういうの、嫌なんだよ」

律はいじけたみたいにそう言うと、暫く私を見つめて、ぎゅっと抱き締めてきた。
ママに見つかったらどうしよう、なんて最初は思ったけれど、私もすぐに律の背中に腕を回した。すると律に耳元で囁くように言われた。

「受かって良かった。…これからも澪と同じ学校に通えるのが嬉しい」
「わ、私だって……律が受かって良かった。本当に心配したんだ」

私の素直な言葉に、律は照れ臭そうにはにかみ、顔を近付けてきた。
すぐに軽く触れた唇。いきなりなんてずるいと思った。こんな朝に、こんな事するなんて。

「制服、似合ってる。澪」
「今頃言うのか…」
「これからどんな奴が現れても、私、澪は絶対に渡さないつもりだから」

高校生になっても、きっと律はずっと変わらないんだと思う。必死に受験に向けて勉強していた一ヶ月前までの律はもうそこにはいなくて、緩みきったご機嫌な表情を向けるだけだ。
それには少し呆れるけど、でもやっぱり律らしいな、と思う気持ちの方が強くて。
ママに見つかってもいいや、だって今日からは高校生だから、大人だから。
唇を律の頬に押しつけてやると、律は目を細めて、いとおしそうに私を見た。

「…すっごいかわいい。…なあ、もう少しだけ澪の制服姿独り占めしていい？」

律のくせに、歯の浮くような台詞。照れ臭い気持ちよりも幸せな気持ちが私の心を満たしていく。
いつだって私のそばにある、いつも通りの優しい温もり。

「うん」

そう答えて、整えたばかりの制服が乱れるのも構わずに、律の背中に回した腕に少しだけ力を込めた。
これからも同じ制服。これからも同じ通学路。

大丈夫、私たちはこれからもずっと一緒にいられるんだ。