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ハロプロ好きの雑記。
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参考:「heavier than heaven a biography of Kurt Cobain」

参考というかまんまだなあ。


中野梓が初めて死を経験したのは、彼女に世界中の若者が恋をした瞬間だった。
世で最も有名なバンド、放課後ティータイムのギタリストとしてではなく、彼女自身が親友の力を借りながらも一から作り、そして彼女自身が歌い完成させた曲が収録されたアルバムがヒットチャートで1位になってから、僅か7時間後の事であった。
そしてこれが彼女にとっての初めての薬物過剰摂取による臨死体験、そして初めての自殺未遂となったのだった。

真冬のその日、街は凍りつくように酷く冷え込んでいた。

「………ん」

明け方、いつものように平沢家の一室、キングサイズのベッドの上で梓は目覚めた。隣にはこの部屋の持ち主―――そして、梓にとっての女神が眠っていた。
赤茶の髪が真っ白のシーツに広がっているのを暫くぼうっと眺めてから、彼女は慣れた手付きで小さなポリ袋からヘロインを取り出すと注射器でその細い腕に打った。
衝撃的ではあるが、この行為自体は彼女にとっては普段通りの事だった。

が、この日に限っては少し違っていた。

彼女は無謀にも―――或いは意図的に――憂が眠っている間に、許容範囲を遥かに超える多量のヘロインを注入したのだ。
過剰摂取により彼女の肌は変色した。呼吸も止まり、筋肉はまるでマネキンのように硬直した。
そして力無くベッドから転げ落ちた。その様子はまるで無造作に投げ捨てられた死体のようだった。いや、死体だった。比喩ではなく、実際に。その瞬間、間違いなく彼女は死んでいた。

その斬新なやり方で世間を賑わせていたバンド、放課後ティータイムのギター&ボーカル、平沢唯の実妹であり中野梓の恋人であった平沢憂が目覚めると、隣にはまるで先ほどまで人が眠っていたような窪みが出来ていた。

「……梓ちゃん?」

彼女は恋人を探した。アンプやエフェクター、替えの弦、マイナーなバンドのCDやカセット、レコード、オーディオ機器等々。そして一匹の黒猫。
恋人が持ち込んだ、その道の者ではない憂にとってはガラクタ同然の物の数々で素足では歩けない程にまで埋め尽くされた自分の部屋の中を、彼女は必死で探した。

―――恋人はすぐに見つかった。

ベッドの下に転がっていたのだ。生きている人間にはもう見えなかった。彼女は散らかった様々な機材と同化していた。彼女の傍では使えなくなったシールドに絡まった猫が哭いていた。
いつもの梓なら猫が鳴くとすぐに目覚めて、シールドに絡まったりエフェクターの下敷きになっていたりする猫を救出する筈だった。しかし彼女は目覚めない。当然だ、死んでいたのだから。

異変に気付いた憂は死に物狂いで蘇生を試みた。やがてこの作業は彼女にとって日常茶飯事になっていく。
彼女は婚約者の顔に冷水をぶちまけ、泣きながらもみぞおちを強打した。本当は、大切な可愛い婚約者に暴力とも取れるこんな行為などしたくなかった。憂にとっての梓は宝物であったし、何より大切だった。
薬物に溺れ以前のようなしっかりした雰囲気は無くなっても、彼女は梓を愛していたから。“馬鹿の一つ覚え”とはこういう事を言うのだろう。優等生の彼女にはあまりにも不似合いな言葉だった。
汗だくになりながら何度繰り返しても、それでも梓の反応がなかった。
しかし彼女は必死で同じ作業を繰り返していた。



梓が人を嫌いになったのは、高校2年の学園祭ライブの直後だった。放課後ティータイムの高校時代最後のライブは大成功に終わった。唯達4人にとっては忘れられない最高の思い出になっていたが、その陰では悲惨な出来事が起きていた。
唯達3年生に混じった1人だけの2年生。ライブをする事で露になった、先輩からの愛情を一身に受けていた梓の存在を、他の生徒が見逃すはずが無かった。
事実彼女は可愛がられるだけの魅力を持っていたし、先輩との絆も深かった。
だから女子高という閉鎖的で異質な環境の中で、妬みという汚い感情が大きくなっていった。そして梓はそれを受け止めきれなかった。
大きくなりすぎた醜い感情を苛めという形でぶちまけられても、彼女のその小さな身体ではもうどうにもならなかった。
学校では憂と純だけが味方だった。学生時代の彼女にとって、二人の存在だけが彼女の心の支えだった。
それから高校卒業までの一年間で、彼女の性格は大きく変わった。先輩達に囲まれて輝いていた梓はもうそこにはいなかった。“複雑で矛盾を抱えた人間嫌い”と彼女を知る人は言った。

その僅か2年後、放課後ティータイムは世間を賑わすビッグバンドになっていた。
ある有名な音楽番組にゲスト出演した放課後ティータイムのサウンドは、まさにロックの歴史を180度転換させるものだった。それまでは全く無名だったバンドが世に送り出した一枚のシングルは、次の日には国内で最も有名な一枚になっていた。ロックにおける放課後ティータイムの地位はこれからも揺るぎないものだと約束されるまでになっていた。
しかし彼女らが有名になるにつれ、梓にとっての悪夢は甦るようだった。

「あずにゃんは本当に可愛いんだよ」
「梓は唯よりもギターがうまいんだぞ」
「梓ちゃんは練習熱心よ」
「梓はいいやつだ。可愛いんだ」

バンドのメンバーがそう言う度に、梓の小さな体は震え上がった。学校で嫌われたように今度は世間に嫌われてしまうのではないかと気が気でならなかった。自分なんかが放課後ティータイムのメンバーで良いのだろうかという疑問で頭の中は埋め尽くされた。
腹痛はストレスにより元よりも酷くなった。体調も悪くなった。気分が悪くてベッドから起き上がれない日々が続いた。そういう時、憂に介抱して貰う事に対してすら罪悪感を抱いていた。もはや放課後ティータイムの成功とは、彼女にとっては悪いものでしかなかった。

彼女は散々苦しんだ挙句、自分は先輩達に甘えていると思われているのだという結論に達して放課後ティータイムとは離れて独自にCDを出す事にした。
親友の純の力を借り、まるで梓自身の心の内を音に晒すようにヘヴィーなサウンドを作る事に没頭した。恋人にはドラムを叩いて貰った。
そして梓の出したアルバムはその週のうちにヒットチャートで放課後ティータイムから1位の座を奪い、最も売れているアルバムになったのだ。しかしレーベル側の売上予測が低かったために初回プレスの枚数はほんの僅かしかなく結局品切れ状態が続いていた。

梓は自分が成功すれば学生時代から受けている苦痛を和らげる事が出来ると考えていたが、その考えは甘かった。彼女の羞恥心と劣等感は人気とともに増大する一方で、ますます自信が無くなっていた。
スターとしての自覚は、いつでもスターでいなければならないという義務感に変わっていた。
もはや憂の励ましだけでは安堵できなかった。いつだって彼女の気持ちは張り詰めていた。堪らず彼女は破滅への切符に手を出した。
そして。「自分が嫌いだから死にたい」――この言葉が彼女の口癖になった頃、彼女のヘロイン中毒は通常の服用量ではただの高揚感すらも得られない程に深刻な状況になっていた。彼女は他のジャンキーとは違って量を加減したりしなかった。躊躇は無かった。死のうがどうなろうが構わなかった。もはや注射器で一度に打てる量では無かったのだ。
クリーンになるために一旦ドラッグを断ってもすぐにやって来る辛い禁断症状を食い止めるために結局彼女は日々の使用量を増やし、その身を滅ぼしていく事になってしまうのだ。





「梓ちゃん、梓ちゃん!」

眠るように死んでいた梓に対して憂がいつもの作業を続けていると、暫くして梓は息を吹き返し小さく喘いだ。
今尚意識が朦朧としている彼女のその小さな体を懸命に揺すり、憂は必死で彼女に呼び掛けた。
するといつものように何事も無かったかのように梓は起き上がり、まだ恍惚状態にありながらも自分の成し遂げた偉業について得意気に話すのだった。

「憂、私の出したCDがまた1位になったんだって…。凄いよね」
「梓ちゃん、…」

憂は呆れと安堵が入り交じった不思議な感情を抱いて大きな溜め息をついた。今回も生きていてくれた。そう思ったのだ。
確かに憂は梓を大きな愛で包んでいたが、梓の薬物中毒にはもう手がつけられなかった。梓がヘロインに嵌まってしまった訳を、その経緯を、全てを知っていたから。
以前の梓はよく笑った。心の底から笑っていた。笑顔は年相応のものだったし、爽やかだった。しかし今の梓は違う。
滅多に笑わなかった。ドラッグが効いている時の病的に穏やかな笑顔が梓の笑顔だった。しかしドラッグが切れると茫然自失となっていた。
梓のオーバードーズは日常茶飯事になっていたし、梓が死にかけるその狂気すらも憂には普通に思えてしまっていた。梓は毎日、考えられない程の量のヘロインを体内に入れていた。生きている事が不思議なくらいだった。ドラッグでハイになったまま何か作業をしたいのではなく梓は逃避をドラッグに求めていたので、なるべく早く陶酔に陥りたかった。だから彼女はいつも必要以上の量をやりたがったのだ。
そして梓の命の危機を何度も見てきていても憂にはどうしてもヘロインをやめさせる事が出来なかった。
毎日ギターと同じくらいの時間注射器を握っている彼女から奪えるはずなかった。憂に出来るのは、もしもの時のためにヘロインを中和させるためのナルカンを違法に入手し家の中に常備する事くらいだった。彼女もまた優しすぎた。優しすぎるあまりに梓を甘やかしていたのだ。

「…梓ちゃん、久しぶりにお掃除しよっか。部屋を綺麗にすれば、梓ちゃんのモヤモヤも、きっと少しは晴れるよ…?」
「……そんなわけないよ」
「あ、お腹すいてない? お腹の調子はどう? 痛くない?」
「…痛い、何もいらない」
「……そっ、か」

“憂のクッキーが食べたい”なんて、もう当たり前のように言ってはくれなかった。「あずにゃん3号」と名付けられた自分によく似た黒猫を撫でる梓にまるで死者のような視線を向けられて憂は息が詰まる思いだった。
ぞっとしたのだ。そんな自分が嫌になった。いつから恋人を怖がるようになったんだと憂は自分を叱った。…が、限界だった。もう憂ですら梓をもて余していた。

「…どうしていいのかわからないよ…梓ちゃんの事大好きなのに……」
「……」
「もう、わかんない……」

爆発した感情。憂は涙が止まらなかった。梓もそれを見て密かに心を痛めていた。
私だってどうすればいいのかわからない、と心の底から思った。
梓は何も出来ずに黙って憂を見ていたが、やがて言った。

「…そばにいてくれればいいよ」

薬物のせいで夢見るような病的な笑顔を浮かべて梓はそう言った。
今の自分が憂に出来る事といえば、そばにいる事ぐらいだったから。

「ただ、そばにいて?」

そう繰り返した梓はまるで死んだ猫のような目をしていた。髪は以前のような輝きを失っていた。疲れた表情が彼女のデフォルトだった。
身に付けているのはよれよれのシャツに穴の開いたジーンズ、毛玉や猫の毛だらけの分厚いカーディガン。ブラックタールのヘロインの不純物により、腕には無数の傷や膿瘍が出来ていた。
憂はそれを見て余計に涙した。鬱とドラッグによって梓は狂気の世界に追いやられていた。憂は感情のこもらないその姿に改めてショックを受けたのだ。

そして感じた別離の予感。
もう、死へのカウントダウンはとっくに始まっていたのだ。

ふと思い出した純の言葉。

“私が『ドラッグやってるとそのうち死ぬよ』って言ったら、梓は自分で頭をぶち抜くって返してきたの。『私はそうやって死ぬ』って、半分、冗談で”


「憂?」
「……ううん、なんでもない」

天国に向かおうとする梓を留めておくかのように、憂は彼女を抱き締めた。
腕の中の恋人の身体は死人のように冷たくて、そして酷く細かった。
後何回生きた梓を抱き締める事が出来るのだろうと考えながら、憂はまるで捨て猫を愛でるように梓の頭を撫でた。


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