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ハロプロ好きの雑記。
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あずにゃんひとりなんてそんな展開ないわー。




6月の雨が冷ややかに降っていた。
音楽室から聴こえる音は一人分。
梅雨の密度の濃い空気を切り裂くような弾けるような高音域。
ムスタング独特の音色だった。独りぼっちでギターを弾く梓ちゃんの心境とはきっと似ても似つかない音に違いない。
その暴れまわるような音が、まるで私の中の何かをも掻き回すようだった。
その熱い何かは胸を一杯にして喉元にまで達し、鼻の奥と瞼の奥がつんと熱く、塩辛くなって、何だか泣きたくなった。
でも本当に泣きたいのは梓ちゃんに決まってるから、私は溢れそうになる涙を必死に堪えた。

もう2か月前になる、新入生歓迎会。
たった独りで壇上に上がった梓ちゃんに私が出来る事といえば、客席の一番前で見守る事くらいだった。
本番前、憂に見てて欲しいと、憂に聴いていて欲しいと言った梓ちゃんの顔は真剣だった。
その時、そんな梓ちゃんの直向きさに私は言葉を発する事が出来ず、涙を溢さないように強張った笑顔でただ、うんうんと頷くしか出来なかった。

そして本番。たった独りでもそれでも、軽音部です、と胸を張って言った梓ちゃんは、やっぱり格好良かった。
独りでギターを弾いて、独りで歌っていた。静かな体育館に響くムスタングの音。梓ちゃんの歌声。
そのいじらしさに、あまりにも痛々しくて見ていられないと誰もが目を背けた。
私にはもう梓ちゃんがビッグスターにしか見えなかったけれど、周りの皆は眉を潜めていた。それでも梓ちゃんは誇らしげにギターを弾いていた。放課後ティータイムのメンバーとして、桜高軽音部の部長として。

そして何よりも梓ちゃんは痛々しいくらいに真面目だった。
“あずにゃんが頑張れば、新入生は絶対に入ってくるから”。そういうお姉ちゃんの言葉を信じて、梓ちゃんはこうしてまだ見ぬ新入生を、ギターを弾いて待っている。ずっと、ずうっと。
周りの人はこういう梓ちゃんの真面目さをあまり理解しようとしなかった。新入生はとっくにそれぞれの部活を決めてしまっているのに、まだ待ち続ける梓ちゃんが痛い、と、ただそれだけ。
私は梓ちゃんがもっと正当な評価を受けるべきだと思う。そして私自身、梓ちゃんのそういう真面目なところに惹かれている事も事実だった。
いつからか、抑えられなくなった胸の高鳴り。こうしている今だってもう、私の頭の中は梓ちゃんでいっぱいだった。
しかし梓ちゃんには私に構う余裕なんか…きっとそんな暇や、そんな隙なんか無い。私の頭の中が梓ちゃんでいっぱいなように、梓ちゃんは音楽の事で頭がいっぱいに違いないから。
どうにか新入生を入れて、軽音部を存続させる事。先輩から与えられた使命を果たそうと、それだけ。
それでも構わない、なんてとてもそんな事は言えないけど、せめて…一生懸命頑張る梓ちゃんの心の支えになろうと思った。

だから今日もこうして、手作りのお菓子を持って音楽室へ通う。
重いドアを開けて、中を覗き込んだ。
ギターを弾く後ろ姿。
それだけで胸がいっぱいいっぱいになってどうしようもなくなる。梓ちゃんと一緒にいたい、嬉しいはずなのに、苦しい。
切なさ、だとか、愛しさ、だとか、そんな感情が次々に溢れてくる。
そしてムスタングのこの音が、それらをこれでもかというくらいに引っ掻き回す。
口を開いても、なかなか声が出ない。

「…あずさちゃん、」

やっと名前を呼ぶ事が出来た自分の声は震えていた。
ギターの音が止む。

「……憂」

梓ちゃんの声も、か細いものだった。
私の名前。うい、と、平仮名にしたらたった二文字。それでも梓ちゃんの放ったそれは悲しげな響きを持っていた。
そしてギターを置いて、長椅子に座った自分の隣を小さな手のひらでぽんぽんと叩いて、寂しそうな笑顔を浮かべて、おいでよ、と言った。
私は迷うことなく頷いて、言われた通りに梓ちゃんの隣に腰を下ろした。
梓ちゃんは私の手を取りきゅっと握った。私がその体温に戸惑っていると、梓ちゃんはぽつりと呟いた。

「何だか、凄く疲れたんだ」
「…」
「疲れたんだ」
「……うん」
「だから、……もういい」

言い切ると梓ちゃんは静かに涙を流した。泣き声一つ上げず、しゃくり上げもしなかった。
きっと梓ちゃんのその言葉は、ずっと前から…新入生歓迎会のあの時から用意されていたんだと思う。
それでも気付きたくなくて、知らないふりをしてきた。新入生が入ってくる事は無いと知りながらまるで仕事のように梓ちゃんは毎日ギターを弾き続けていたんだという事を。

「ごめんね。毎日来てくれたのに」
「……うん」
「新入生を待つのは、やめる」
「……うん」
「…憂」
「……うん」
「憂は悪くないよ。悪いのは私」
「……うん」

梓ちゃんは笑った。
私は梓ちゃんの熱い想いの儚さに、ただ胸が締め付けられる思いだった。
私も泣きそうになって、どうする事も出来ずに俯いた。
そんな私の肩に梓ちゃんはぎこちない動きで腕を回し、私の身体をそっと引き寄せた。驚きと戸惑いを隠せない私に梓ちゃんは言う。

「…ごめん、私………」

そして喘ぐように息を吐いた。

「梓ちゃん」

私は言った。

「…明日も今日みたいに、ここで会えるかな」

梓ちゃんは濡れた瞳で私を見た。
私は胸が詰まるような思いで梓ちゃんと視線を合わせ続けた。

「憂。私は――――…」




……6月の雨が、私の気持ちを映すように降り続いていた。




――――――――――――――――



「…明日も今日みたいに、ここで会えるかな」

憂が言った。その声はまるで海の底から呼び掛けるような、そんな響きだった。
私は胸が詰まるような思いで憂を見た。
憂も私を見返した。
私は射抜くような憂の視線を感じつつ、腕に力を込めた。
私たちは二人で長椅子に腰掛け、暫く不自然な格好で抱き合っていた。

「憂。私は…憂とこれからも一緒にいられる自信がない」
「……どうして? 私は会いたいな。梓ちゃんと、ここで。明日も明後日も、その先も」
「私は憂と違って駄目な人間だから。先輩たちを裏切った。新入生を入れられないまま諦めた―――」

私のその先の言葉を押し留めようとするかのようにして憂は私の唇に指を添えて、小さく首を振ると、視線を落として涙を一筋溢した。

「自信を持って。梓ちゃんはとても素敵な人だよ」

そして顔を上げて、優しい眼差しで私を見た。

「梓ちゃん、凄く疲れてると思うな。今までずっと頑張ってきたんだもん。―――そうだよね?」

私は頷いた。本当に疲れていたから。
いつの間にか、ギターを弾いても辛いだけだった。大好きだったムスタングの独特の音色は、いつしか私の心を二つに分けてしまった。
先輩方のために、軽音部のために新入生を待ち続ける私と、もうそんな事諦めてしまっている私。でもそんな自分に気付きたくなくて、だから私はまたがむしゃらにギターを弾いた。
そうして磨り減った精神と体力。私は酷く疲れていたのだ。
憂はゆっくりと手を差し伸べ、優しく私の頬を両手で挟んだ。

「私が梓ちゃんを癒してあげる…」

泣けそうな位に優しく微笑んで、静かに憂は私に言った。
それはまるで母親のように。憂は私に確かな安らぎをくれた。
憂のくれる優しさや温かさ――そういった所謂陽の感情に包まれて、二つに分かれてしまった私の心はまた一つに戻るような気がした。
また、憂をきつく抱き締めた。憂は身体の力を抜いて、私に全てを委ねた。
憂の身体は温かく、そしてとても良い匂いがした。
気温が上がらない中での雨のせいか、いつもは蒸し暑い空気も冷えきっていた。そして凍えた私の身体を、そして心を、憂の体温が暖めてくれるようだった。

「梓ちゃん」

憂が優しく囁いた。

「梓ちゃんのことが好きなの。出会ったときから、ずっと……」

知ってたよ、と私は答え、そしてこう言い添えた。
私も憂のことが好きだよ。出会ったときからずっと、ずっと。
知らなかった、と憂が言った。
梓ちゃんずるい、と不服そうに呟く憂を見て、私は考えていた。
先輩が卒業してからの私は自分自身に対して若干の距離を置き、冷笑的になって、滑稽だと思いながら新入生獲得のために自分を見つめていた。
しかし、久々に自分の中に芽生えた温かい感情。
憂の瞳。体温。息遣い。
さらさらの髪に、その薄い肩に、その存在に触れたいという想い。
きっとこれが、憂に“癒されている”という事なんだろうと思った。
まるでリハビリのようだ。自分というものを久々に近くに感じた。
私は高揚した気持ちのままで、こんな事を言った。

「明日も明後日も、その先も」

私は憂の髪に触れた。

「ここで会おう。ここは私たちにとっての特別な場所だよ。ずっと先輩たちがいないって寂しく思って来たけど―――でも今は、ここには私たち以外には誰もいらないって思ってる」

どこか夢見るような笑顔で憂はありがとう、と呟いた。
その笑顔につられて、つい一緒に微笑んでしまう。

いつの間にか雨が止んでいた。
いつか見たような夕焼け空は、まるで私の心を映すようだった。








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